谷川岳で伝説の道標の話を聞く
2018-09-23


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谷川岳はかつでは“魔の山”と呼ばれ、登山事故死者数のギネス記録の山だそうですが、安全になった現在でも依然として人気は高いです。9月19日、地元の山の会(山遊会)のメンバーとこの谷川岳に登りました。とはいえ、私を含めて約半数が土合口からロープウェイに乗って一気に1300メートルの天神平まで行ってしまうという一般向けコースです。それでも午前8時半から午後3時近くまでかかりました。この夏以降一番良いという天候に恵まれましたからで、このルートでも視界の悪い時や積雪期はやはり大変なところなのでしょう。

ゆっくりと天神尾根を登り始めて9時20分過ぎに熊穴避難小屋につきました。ここからややきつい登りもありましたが、途中の天狗のトマリ場という岩場や景色のよいポイントで休憩しながら、11時半、肩の小屋につきました。見晴らしがよく、特に西側、平標山の方へ続くという山々は青々としたゆるやかな尾根が続いていかにも誘惑されそうです。とはいえ、T長老によればなかなか大変とのこと。小屋は真新しく、屋根には太陽光パネル、中には売店があり、ジュースにコーラ、カップラーメンまで売っています。

谷川岳は双耳峰ということで、実際の最頂上部はここから一ノ倉岳へに続く稜線の上に突き出たトマノ耳(1963m)とオキノ耳(1977m)です。少し休憩して出発。途中、雪があったら大変だろうなという場所もありますが、今日は楽しいだけ。途中、若い登山者に次々に出会い、歳を考えだいたい道を譲ります。しかし天候がよく緑の山々が広がる中での歩行は疲れません(ロープウエィ効果?)。頂上付近では一部の下草が色づき、ナナカマドの紅い実が目立ちました。紅葉はまだのようです。頂上の「オキノ耳」には12時30分頃到着でしょうか。昼食後、肩の小屋まで降りて健脚組の動向を待ちました。

ところで、健脚組は、並足と別れてすぐ土合登山口から歩き始めたましたが、少し入った場所に今回の登山の主催者・山遊会の川部会長思い出の道標があるいうことで、そこに立ち寄っています。そこにあるのが上の写真です。ご覧のように石の土台の上に建てられた立派な石碑で、土合山の家、西黒尾根、厳剛新道と分岐の道を示す文字が刻んであります。この日、後から会長に聞いた話では「いまから60年くらい前、この谷川岳で遭難した人の遺体捜索と収容を当時所属の山岳会が行い、それをテーマとした記録映画を岩波映画がつくったのだが、その協力費用でこの碑を作った。今でも年に一度くらいは見に来ている」とのことでした。

調べてみると確かに1957年に『谷川岳の記録 遭難』という長編記録映画(岩波映画・松竹配給)が上映されています。当時は、この山での遭難が多く、そういえば一種の社会事件にもなっていたことを私も記憶しています。しかし60年前のことを実際に立ち会った人から聞くというのはすごい! まるで伝説の中の世界みたいです。

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