勇気づけられた『冒険記録』
2025-09-05


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禺画像] 上の写真は、南極の氷原で傾くエンデュアランス号という機帆船。1915 年7月、探検旅行の途中で氷に閉じ込められて破壊され沈没する際のもの。(『エンデュアランス号漂流(原題 : ENDURANCE)』の21ページの写真と同じもの。下の写真は後述) <p> ここ数年、「今年の夏は暑い」といわれ続けてきましたが、今年も特に6月から高温状態が定常化して、おかげで世界遺産古墳群の旅も結構大変でした。7月、8月になっても猛暑基調は収まらず、とうとう9月になってしまいました。台風の接近で雨になり本日はやや楽ですが、ことしの夏はまだ油断できません。あるいは、これから毎年こんな気候が続くのでしょうか。8月になると、暑さの中で家にいてまとまった読書をしていたものですが、今年は、年齢のせいなのか、その意欲もわきません。良く読み返していた『八月の光』や『レイテ戦記』のような重厚長大な大物はもちろん、ちょっとしたエッセイもあまり読む気がせず、もっぱら「YouTube」の配信する世間情報に耳を傾けているといった感じでした。

そんな中、ふと思いだしたのが、10年以上前に夢中になったノンフィクションのこと。そのときの思いをかなり以前に書いた「メールマガジン漂流記」という本の中に入れた思いがあったので、探してみるとありました。「2001年8月13日」のことで、15年前です。以下がその内容。

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「新潮文庫の一〇〇冊」というキャンペーンに乗ってうかうかと買ってしまった本が『エンデュアランス号漂流(原題 : ENDURANCE)』。ノンフィクションは大好きですから選択に間違いはなかった、というよりこれは驚くほどの傑作でした。

第一次世界大戦のころ、南極大陸横断に挑戦した探検隊が沈没した船を捨て、揺れ動く流氷と荒れる海を乗り越えて十七か月後に全員無事で生還を果たす──とこれはまさに典型的な遭難事故ですが、体験は記録されることによってはじめて歴史になり、後世に残ります。 

その漂流記録を作家のランシングが調査しまとめたのが一九五九年。「これから述べる話はすべて真実である」という冒頭の一行でリアリティを保障された想像を絶するストーリーが、詳細、緻密に絶妙の構成で一気呵成に展開します。これほどの内容の本の日本語訳が出たのがなんとその五十年後の一九九八年です。文庫版の解説のなかで、アラスカで亡くなった動物写真家星野道夫氏が座右の書としていたというエピソードも紹介されています。実際の冒険家を感動させるというのはちょっと信じがたいですが、この本の迫力はそれほどすごいものがあることを示している実話だと思います。 

南極探検での極限を描いた記録としてすぐ思い浮かぶのはチェリーガラードの『世界最悪の旅』です(私は筑摩書房から一九七二年に出た「世界ノンフィクション全集」版の抄訳を持っています)。しかし、その内容は比較になりません。『世界最悪の旅』は実際の参加者の体験記なので、作家の手になる『エンデュアランス』と比べてはいけないかもしれませんが、それ以上に、同じように死と隣り合わせの極限の苦闘を描いてはいても生存のための条件が違いすぎるように思えます。 

この歳になると、勇気づけられる体験に出会うことはめったにありませんが、この本を読んでいる時間は、まさしくそれに値するものでした。この記録がノンフィクションの古典となるのは間違いないでしょう。 

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『漂流記』つながりでややこしいですが、この本に関連しては隊長のアーネスト・シャクルトンの出した回想記『エンデュアランス─奇跡の生還』も購入し、これは実際の体験者の手になるものですから違う意味でなまなましく疑似体験的な面白さがあります。ランシングというプロの作家の手になる「記録小説」のほうが、ストーリー展開や記述の巧みさや危機に直面していくドラマチックな構成力という点では断然上ではあるのですが、これはしかたのないことでしょう。

 海底で海底でみつかった船体の鮮やかさ


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