朝、7時過ぎの大糸線に乗車して昨日の簗場駅まで移動します。この日は快晴の予報だったのですが、夜明け前から濃い霧が立ち込め、民家の屋根も濡れています。信濃大町駅の待合室で、家族を送りに来たらしい高齢男性に訪ねてみると「いつもこんなもの。寒いから霜がふる。今朝は零下2度だった」ということです。この日の東京ではまだ一桁の気温になっていないはずで、標高700メートルでも長野の山地は違うものです。下旬になると雪が降り出すのでしょう。
簗場の駅に降りても深い霧の中で、GPSを使わないと位置が分からないほどです。中綱湖という小さな湖の近くを歩いているうちにだんだん気温が上昇して霧も薄くなり、湖面から水蒸気のような霧があがり、遠くの湖岸の紅葉した木々も目に入るようになりました。ひと一安心です。あたりに人家も見え始めて、どう間違えたのか、歩いていたこの道は湖岸一周の市道のようです。おかげで働いている集落のひとと出会い、道を聞いたりできましたが、この日あった地元の人のほとんど全員から「クマに気をつけてください」といわれました。クマ被害の報道は私も聞いていましたが、この付近でもかなりひんぱんに「野外放送」されるようです。
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霧の中を迷いながら、中綱湖を過ぎ青木湖畔に到着しました。ここでも紅葉している木々の向こうの湖に立ち込める霧(ガス)を眺めながらの湖畔一周です。道は整備されていて快適ですが、途中のキャンプ場にも人影が見えず、湖岸まで迫るけわしい原生林の中はなんとなく不気味です。遠くから人の声が聞こえて、近づくと、山際につくられた公衆トイレのどこかでラジオが鳴っているのでした。気にもしなかったクマの存在が急に身近に感じられます。鈴も持っていますが、ここは大きな声で歌をうたって気分をあげました。道は一部、湖岸に出るルートがあり、釣りにでも来たのでしょうか、地元の人に「塩の道はあっち」と教えてもらいました。
湖の南岸に着いたあたりで、道が湖岸からやや山中に入ります。一帯はかなり太いスギ林になります。ここからが佐野峠とよばれ、古道の雰囲気を色濃く残している場所のようで、歩いていくと、路傍の木の陰に地蔵像がたたずみ、道を少しはずれた藪の中に菩薩菩薩像がまるで埋もれるように置かれています。どうやら観音札所のひとつになっているようで、ここを通った人々の心の有様を現している気がします。街道は古来そのままの道かと思いますが、道幅はかなり広く、牛や馬の隊列が通ったことが偲ばれます。
今ではこうして訪れるのはモノ好きな旅人だけでしょう。付近にはまったく人の気配がなく、山側の斜面林はアルプス前衛の千数百メートルの深い山に直接つながっています。私はのんきなのか、クマの恐怖もすぐに忘れて、実感として、実に気持ちのいい場所だと感じました。こういう経験ができるのもあと何年くらいだろうかと余計なことを考えてしまいます。
しかし、現代の白馬地区は観光の街でもあります。さらに旧道を進んでいくと巨大な構造物に遭遇しました。大糸線のトンネルです。この付近には旧道を残す余地がなかったのか(地図も)線路をまたいで進むようになっています。そこを過ぎると「白馬方面のスキー場」用のリフトも目に留まります。
途中で休憩後、さらに進んだ大糸線の踏切のあたりでちょうど保線工事をやっているらしい、2人連れの高齢の作業員と出会いました。電車は1時間に1本も通らない日本屈指のローカル路線なので作業員もヒマみたいで、すこし会話。ここでもクマの話がでました。
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