村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』
2016-04-07


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村上春樹の小説より先にその翻訳を読むことになりました。村上春樹の書いた小説の翻訳ではなく、村上春樹が翻訳したアメリカのミステリー作家、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』です。

原作は1953年に出版されたもので、日本語訳もあります(『長いおわかれ』というタイトルで、われわれは映画の字幕でよく知っている清水俊二氏による翻訳)。そのいわばかなりの旧作を村上春樹が2007年に翻訳しなおしたのには、本人の「あとがき」によればいくつかの理由があったようです。ひとつは清水氏の翻訳が25年前のもので表現自体がいくらか「経年劣化」したこと。完全訳でなかったことなどがありますが、一番大きな動機はなにより村上自身が、この小説と作家をこよなく愛し、作家活動の指針にまでしているということにあるようです。ちなみのこの「訳者あとがき」は45ページもあり、これだけで立派な小説論、作家論になっています。

『ロング・グッドバイ』の主人公はフィリップ・マーロウという私立探偵。チャンドラーのシリーズに登場するおなじみの主人公だそうです。ミステリーですから、殺人があり、複雑な人間関係があり、どんでん返しがあります。舞台が第2次大戦後直後ですから、戦争がからんできます。もちろん、ストーリーやひとつひとつのエピソードも大変面白いのですが、村上春樹もいっているようにこの作品の大きな魅力はその「文章のうまさ」にあります。

この作品はレイモンド・チャンドラーの最晩年に書かれた小説ですが、彼の作品の中でも「別格の存在」(「訳者あとがき」)なのだそうで、村上はさらに「いくぶんおおげさな表現を許していただけるなら、それはほとんど夢のような領域にまで近づいている」(同)とまでいっています。なまはんかな共感でここまでいうことはできないでしょう。これは村上春樹という作家を理解するうえでも重要な意味が隠されているような気がします。

読んでいる途中で思いま出したのですが、この原作をもとにしたNHKのドラマが2年ほど前に放映されていました。その時は私はこういう事情をほとんど知らず、ただ雰囲気の変わった面白いドラマだと思ってみていました。日本人の俳優で終戦直後の日本に翻案した話だったのでかえって原作のイメージを引きずらずによかったのかもしれません。

翻訳単行本のデザインにも出てくる拳銃とか、5000ドル紙幣とか、主人公の好むカクテル「ギムレット」とか、この小説の中に出てくるいかにもアメリカのミステリーらしい小道具もマニアにはたまらないのでしょうね。

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